あ〜さんの音工房

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これまでの『あ〜さんの音工房』エッセイ風の読み物編

 
 継続は力なり、とは良く言ったもので、続けるうちに段々とエッセイ風の記事が書けるようになりました。読み返してみて面白かったのは、この2編です。


 蜘蛛の糸


軒先に蜘蛛が巣を張っていた。
美しく、しなやかな糸で紡がれたそれが
実は罠なのだとは誰も気付きはしないだろう。


「ジ、ジ、ジ」ヒステリックな叫びが、暮れて行く空に
「ビ、ビ、ビ」もがき苦しむ羽音が、響いた。
びっくりした。まさか、こんな大きな虫が
捕まるとは考えもしなかったから。
磔刑になったアブラゼミ
「ジ、ジ、ジ」と鳴き、助けを求めていたが
絡みとられた羽は二度と羽ばたく事はなかった。


黄色と黒と下品な緑色をギラギラとさせた主が
どこからか現れて
死刑台へと歩いて行く。
沢山の足をゆっくりと動かしながら。
親指の先ほどもある大蜘蛛は
獲物を押さえ込むと牙をむき
それを喰らった。
断末魔の叫びが紫色の空に
「ジ、ジ、ジ」と一瞬広がって、消えた。
活きのいい獲物にありついた主は
機嫌良く頬張っていたが
やがて蜘蛛の糸は絡み付くのを止め
アブラゼミは草むらに落ちた。
名残惜しそうに
暫く留まっていた主は
壊れてしまった巣を
振り返る事もなく姿を消してしまった。


翌朝、転げ落ちたアブラゼミの亡骸は
黒く蠢いていた。
無数の蟻達が群がり
解体しては運んでいたのだ。
小さく刻まれた羽が
帆の様に立てられて
黒い海原を泳いで行った。
七年も八年も土の中で過ごした彼が
羽ばたいていられる最後の一週間を
全う出来ずに喰われて死んだ。
「子孫を残せたので本望だ」と思ったか
「寿命まで飛び回っていたかったよ」と思ったか
大蜘蛛が目の前に迫ったその時に
何を思ったのかは彼しか知らない。


ほどけ落ちた蜘蛛の糸
直される事もなく
軒先で風に揺られている。

 

 
 詩的だねぇ。我ながら良く出来ているじゃないか、と感心してしまった。一体どんなモチベーションだったのか今となっては覚えていないけれど、きっと大きく心動かされたのだろう。蝉にシンパシーがある訳じゃないんだけどね。


 

 若い困ったお母さん


 朝の病院は、結構混んでいる。
 足を引き摺りながら『労災で』と繰り返す人。
 マスク越しに痛みを訴える人。
 まだ9時前だというのに駐車場は一杯だ。


 若いお母さんが子連れでやって来た。茶髪でジーンズ。どこにでもいる感じだ。子供は4、5歳かな。まだ幼い。
 もの珍しいのか、しばらく歩き回っていたが母親の傍に座った。どうやら良い子の様だ。病院ではしゃぐ子は手に負えない。親に注意しなければならないから。良い顔された試しがない。
 そのうち何やらガサガサ音がする。バッグから取り出されたそれを見てびっくり。カルビーサッポロポテトじゃないか。サッポロポテトは最高においしいスナック菓子だが、今は出番ではないだろう。大体この時間におやつはおかしい。
 恐るべき事だが、どうやらそれが朝食らしい。病院で順番待ちしながらスナック菓子で朝食を摂る子供。おぞましい光景だが現実だ。しかし、この親子の愚行は始まったばかりだったのだ。


 母親が受付で何やら要求している。「絵本はないのですか?」この病院には絵本どころか雑誌すら置いてはいない。看護士は暫く奥へ消え、1冊の絵本を手に戻って来た。「どうもすみません」母親は席へ戻り、それを子供に手渡す。子供に手渡す?待ってくれ、その手はスナックの油でベタベタだぞ・・・読み聞かせが始まった。それ自体は問題ないが、子供の手が問題だ。


 いま図書館では書籍の私物化が大問題だという。未返却はもちろんの事、折ったり棒線を引いたり、挙げ句の果てに切り取られていることも珍しくないそうだ。それが世田谷でも起きていると聞いてびっくり。私が住んだ事のある街で一番文化的だったのは世田谷区だから、そこでも傍若無人な行為が蔓延っているとは残念だ。そういえば下北もいつの間にか落書きだらけになってしまったな・・・


 スナック菓子をつまみながら絵本を読むだけでもどうかと思うが、その絵本は看護士の私物かもしれないのだ。食べるのを止めさせるか、食べてからにするべきではないのか?
 この母親はかなり『子育てしてます感』を漂わせている。私しっかりお母さんしてます、と。しかし、この人は母親として以前に人間としてズレている。
 おそらくこの辺りが若いお母さん達のアベレージな姿なのだろう。そこら中にいて子育てしているのだ。この国の明日に陽は昇るのだろうか?


 颯爽と立ち去った親子の後には、こぼれ落ちたサッポロポテトと絵本が放られたままだ。無理言って用意してもらった絵本なんだ「大変助かりました。有り難うございました」と言って返さなくちゃ。


 私は油まみれの絵本をそっと摘まみ上げ、受付に置いた。


 

 これは良く覚えています。嫌な世の中だなと思わずにいられませんでしたから。人間の質をどうこう言える立場ではありませんが、酷いでしょ、これ。
 私は東京生まれ東京育ちで、山中に引きこもってから20年近くになりますが、未だに地方の常識やローカルルールに馴染めません。今後もその手の事を書く事もあるでしょう。

 さて、次回は『あ〜さんの昔話』を紹介します。