あ〜さんの音工房

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これまでの『あ〜さんの音工房』あ〜さんの昔話編

 私も、すっかり過去のある年齢になりましたので、子供時分の出来事を振り返っては書き留めています。この頃記憶が混沌とすることが良くあるので、都合良くねじ曲げてしまっていることもあるかと思いますが、それもまた自分の一部なのかと考えています。


 罪滅ぼし


すっかり乾いたアスファルトの上に
小さなクワガタ虫がポツリと佇んでいた。
前足を踏ん張って顎を広げて威嚇してみせるがどうも力がない。
そっと摘まみ上げてみると左の前足が欠損していた。
私は彼を連れて帰ることにした。
所在無さげにしていたんだ、ちょっと寄って行けよ。
蜂蜜があればいいんだけど生憎ないんだ。
そうだ、ガムシロップでどうだろう。
取りあえず食事をして元気出してくれよな。

子供の頃の事だ。
夏休みには早起きして虫取りに行っていた。
丘陵を切り開いた広大な土地に
見渡す限り建てられた集合住宅だが
所々には公園や散策出来る場所が残されていた。
通称「三徳山」もその内のひとつだ。
黒猫をクロと呼ぶ様に
スーパー三徳のそばにあるから三徳山
誰からともなくそう呼んでいた。


蛇やトカゲが出るくらいだから
少し中へ分け入った所にある木々を
蹴飛ばしてみたり
根元の腐葉土を退かしてみると
結構呆気なく子供達の人気者、甲虫が見つかったもんだ。
あの時はどこにいたのかは忘れてしまったが
とても立派なツノを称えた大きなノコギリクワガタ
採って帰った事があった。


獰猛な性質
少し赤みがかった茶色の体
そして何より魅力的だったのは
美しく湾曲したツノだ。
それはまるでイタリアのスポーツカーの様に
流麗で耽美な物の様に思えた。


どれほど眺めても惚れ惚れとするばかりの彼を
私は大切に育てた。
腐葉土を敷きイイ感じの小枝を置いた
まるでジオラマみたいな小さな森の中の彼は
蜂蜜や砂糖水をオレンジ色の舌を伸ばして吸った。
樹液を模して小枝に塗り付けていたが
ある時、良さそうな物が目に入った。
小さな黒板用に付属して来たスポンジの黒板消しだ。


翌朝、私はスポンジに砂糖水を吸わせて彼に与えた。
大量の砂糖水を飲み込んだスポンジを見て
これなら好きな時に好きなだけ食べられるので良いだろうと
そう思った。


暑い夏の日が暮れて
私は彼の様子を伺った。
彼は仰向けになっていた。
6本の足は微動だにしなかった。
彼は死んでいたのだ。


何故かは明らかだった。
スポンジの黒板消しにまとわりついていたチョークの粉が
砂糖水と共に彼の中へと注がれたからだ。
毒饅頭を喰わされた彼は
もがき苦しんで息絶えたのだ。


それを理解した私は
悲しみ、落胆し、馬鹿な自分に呆れた。


自分の抜けた上の歯を埋めた縁の下に
彼を埋葬してやった。
アイスの棒に「クワガタのはか」と書いて墓標にした。
それ以来昆虫を飼った事はない。


この小さなクワガタに
施しをしたからって贖罪になるとは思わないが
放っては置けなかった。
台風が連れて来た寒々しい風の中に
彼を返したけれど
何もかもが余計な事だったのかも知れない。
私は彼を利用しただけなのか?


愚かしい夏の記憶は
これからも私の中を回り続けるだろう。
ノコギリクワガタの中に注がれたチョークの粉の様に。
そして、それこそが彼から与えられた呪いであり
罪滅ぼしなのだ。



 あれは散歩していた時でしたかねぇ。画像のクワガタを見つけたんですよ。放っておけなくて家まで連れて帰りました。これは小クワガタでしたが(多分)あの時のノコギリクワガタの事が、ふと思い浮かんだんです。かわいそうな事をしました・・・
 次はホラーぽい話をどうぞ。



 誰かが座った


今夜の様な蒸し暑い日の事でした。
ぼくは疲れ果てていて
部屋に戻るとすぐにベッドに横になり
そのまま眠ってしまったのですが・・・


それからどのくらい時間が経ったのかハッキリとはしませんが
ぼくは目を覚ましました。
しかし意識はあるのですがどうしても体は動かないのです。
こんな事は初めてでしたが無理に起きる事もないだろうと
しばらくそのままでいると
どうも誰かが部屋の中を歩き回っている気配がするのです。


ぼくは一人暮らしをしていましたし
帰宅すると必ず鍵をかける習慣がありましたから
自分以外の人間がこの部屋にいる訳はないのです。
しばらく様子を伺っていると
それは確かに人の形をしてはいるのですが
全身が真っ黒なのだと判りました。
黒い人の形をしたものが歩き回っている!?
ぼくは怖くなりましたが
起き上がる事はもちろん指先一つ動かす事は出来ません。
そしてさらに恐ろしい事に気が付いたのです。
ぼくは寝込んだままの状態で全く動けなくなっていました。
そうです、まぶたを閉じたままだったのです。


目をとじたままなぜ部屋の中の様子が見えるのか?
とても不思議でしたが確かに見えています。
そうしている間にも得体の知れないものは
部屋の中をウロウロとしているのです。


やがてそれは動けないでいるぼくの方へ近づいて来ると
腹の上へ腰掛けました。
それはまるで人が座った様な感覚がありましたし
重くなった分ベッドも凹んでいたと思います。


ぼくは腹の上へ座られて苦しかったし
気味が悪いしでなんとか体を動かそうと思い
四苦八苦しましたが
相変わらず身動き出来ません。
ぼくは「どいてくれ、どいてくれ」と何度も念じました。
苦しさのあまり息も絶え絶えになった頃
黒い影はスッと立ち上がると
玄関から出て行ったのです。
確かにドアを開けて行くのが見えました。


ぼくは冷静を取り戻すと、どうするべきか考えました。
これは夢なのかもしれない。
なにしろまぶたを閉じたままなのですから。
ならば起きれば全てが理解出来るかもしれません。
けれども黒い影が去った後も体は動かないのです。


このままでは埒があきません。
なにか出来る事は無いかと考えてみたら
声なら出せるのではないかと思い当たりました。
しかし試みましたがやはり出来ません。
だがこれしかないんだと無理矢理力を込めると


「うっ・・・うっ・・・うぁあああああっ!!」


まるでそれが合図だったかの様に
石の様に固まっていた体の力が抜け
ぼくは飛び起きました。
一体今のはなんだったんだ?
額から玉の汗をかき肩で息をしながら
ぼくは一人呆然としたのでした。


今思い返しても不思議なのですが
あの後確認した所玄関のドアの鍵はかかっていました。
ですから誰かが入って来たとは考えられません。
また黒い影が玄関から出て行ったのならドアは開いていたはずなので
やはり夢だったのだと思います。
しかし、あれほどハッキリとしたリアルな夢を見たのは
後にも先にもあの時だけです。


汗を拭き再びベッドに横になったぼくの腹には
まだ何かが座った感触が残っていました。
随分前の夏の夜に本当に体験した事です。
確かに誰かが座ったのです。




 怖い思いをしたのは、後にも先にもこの時だけです。ある方から、座敷童じゃないのかとコメントを頂きましたが、どうなんでしょうか?基本的に何も見ないし何も聞かないので、もうこの手の事を書く事はないでしょう。そう願いたいです。
 昔話はもう2作ほど採り上げたいので、続きはまた次回に。