あ〜さんの音工房

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これまでの『あ〜さんの音工房』村治奏一関連編

 自分が野良ギタリストだと言う事もあり、ギターやギタリストについて多くの記事を書いています。今回はクラシックギタリスト村治奏一氏に関連した物をご覧下さい。



 '07年末、ギタリスト村治奏一氏が中野ギター工房を訪れました。それは30日昼に来て大晦日昼に帰路に着くという強行軍でしたが、奏一/中野コラボギター2号機のチェックと温泉を堪能していったのでした。私も30日夜の奏一氏を囲む忘年会に混ぜてもらったので、その顛末を記しておきましょう。


トーレスといっしょ


 「こんばんは〜」工房に入ってゆくと弦を張り替えている奏一氏の姿が。「おひさしぶりです〜」再会の握手を交わします。本当に来たんだ、この年の瀬に。中野氏は作業中です。何しているのでしょう?「見てみ〜これ」ん?このギター『アントニオ・デ・トーレス』じゃないの?「本物だよ」

 アントニオ・デ・トーレスは『ギターのストラディヴァリ』と呼ばれる名工です。そのトーレス作のプレイヤーズコンディションと呼べる物が目の前にあるのです。びっくり。「測定終わるまで動けないから待ってて」待ちましょう、いくらでも。

 この作品はかなり装飾されています。(確か)67歳の時の作だそうですが、かなり力を入れた1本ですね。ヘッド部の銀のプレートは後付けだそうですが、それより目を引くのはボデーのバィンディングです。通常は木製なのですが、これは白いんですよ。どうも骨ではないかということですが、何故収縮しない素材で巻いたのか疑問です。どうやら見た目の問題から白色にしたかった、と言う事なのでしょう。そう考えると演奏家というよりも趣味で弾く資産家のオーダーだったのかも知れません。

 そして全面がリフィニッシュされていますね。しかもかなり厚めに。これはいただけませんね。中野氏曰くこれまでに数回割れと塗装の修理がされているそうですが、一体どんな音色を奏でるのでしょう。名演奏家もいることですし期待せずにはいられません。


2号機どこなの?


 ところで奏一/中野コラボギターの2号機はどこなのでしょう?「それだよ」 えっ・・・?え〜〜〜っ!!全然違うじゃん1号機と!!

 この夏の日本公演で使われた1号機は先日NHKの番組でも使用されていた『あれ』ですが、それは指板の両脇に穴が空いている一目で判る特徴を持った物でした。2号機の穴は通常どうりの位置にあるんですよ。ヘッドの形は以前見掛けたものなので『中野ギター』だと言う事は判りましたが、奏一氏が自身の使用弦を張っていたそのギターこそ2号機だったのです。

 この作品はパッと見普通ですが色々とやっていますね。まず駒が変わった形にしてあります。その骨もオクターヴ・ピッチを考慮したものです。これはプロ仕様ならではの配慮でしょう。そしてナットの幅が1弦側よりも6弦側の方が広くしてあります。「弾弦した際の弦のねじれを減らす」為だそうですが、どれほどの効果があるのかは「解らない」そうです。

 その他にも様々なトライがされているこの2号機は、まだまだ『完成形』ではない、ということなのでしょう。

 しかし中野氏は同じギターを作りませんよね。すっかり黙作家となった感のある中野潤ですが、少なくともここ数年正確に同じ物を作ったことないのでは? すでに中堅製作家としての地位を確立し、奏一氏とのコラボでもう盤石と思えるのにこのアグレッシヴな姿勢は尊敬に値します。素晴らしいことですよ。なんのトライもせずに量産している『高級手工ギター』のなんと多い事でしょう!!


 さあ、奏一氏が弦を張り終えました。
 果たしてトーレスはどんなパフォーマンスをみせてくれるのか?
 2号機のファースト・インプレッションやいかに!



   *



 元日に放送された『芸能人格付チェック』という番組で、歴史的名器による弦楽四重奏を当てるというクイズがありました。それは同じプレイヤーが同じ曲の抜粋を弾くというAB比較でしたが、半分の出演者は正解していました。面白かったのは全員が『音色の違いは解った』というところです。


聴くまでもなかったよ


 私は14KHzまでしか再生しないテレビのスピーカーで聴いていましたが、音色よりも演奏の違いによって最初に『A』の楽器達を聴いた時点で『B』の方が名器だと判断出来ました。『B』を聴く前にです。

 その演奏は楽器が思う様に鳴らないため、明らかに力んでいましたし、4つの楽器がまるで融け合っていなかったのです。『B』の楽器を使っての演奏は4つの楽器がまるで1つに聴こえるという良い四重奏の特徴が見て取れましたし、音色もまろやかだったのでした。

 『B』を選んだみなさんは口々に「胸に響いたんだ」と言っていました。名器は人の琴線を振るわすということが実証された形です。びっくり。『A』を選んだみなさんは耳で判断しようとし『B』を選んだみなさんはどちらが良い演奏かで決めた、ということなのでしょう。
 良い演奏家でも使用する楽器によって、その演奏は変わってしまいます。プレイヤー達がより良い楽器を求めるのは必然の事なのです。


進化するコラボギター


 奏一氏によって導き出された2号機の音色は1号機とはまったく違ったものでした。最も著しかったのは高域と低域のバランスです。低い方はとてもはっきりと発音しますね。音量も十分ありますし。逆に高い方は少しこもった感じです。太いとも言えるものですから、これで良いと私には思えるのですが奏一氏中野氏共に不満だそうです。確かに松の持ち味を生かし切っていないかもしれません。

 私が1号機で不満に感じたのは低音弦の発音のしかたでしたが、それが見事なまでに改善された2号機はその太い高音弦の音色と共に素晴らしいと思うのですが、プロの眼から視るとまだまだやるべきことがあるのですね。

 ここから先は『良し悪し』ではなく『好き嫌い』になってきますし、私が口を挟める余地はまったくありません。現状でも十分良い楽器なのですから。


トーレス晩年の名器?


 奏一氏がトーレスに持ち替えます。目の前で聴くのは初めてです。ものすごく箱鳴りするのでびっくり。これは予想外でした。本当に力木が扇形に配列されているのか疑問なほどです。まるで19世紀ギターのような鳴り方です。

 19世紀ギターは力木が横並びなので箱鳴りすると了解していましたから、これには本当にびっくりです。

 ここでいう『箱鳴り』とは文字どうり箱を叩いた時に「ポンポン』する響きのことですが、現代のクラッシックギターって箱鳴りしないものなんですよ。エレキではなぜか珍重されていますけどね。

 低音弦もはっきりしないのでダイナミックな表現には向きません。中野氏は「サロンで弾くには最高の楽器だ」と言っていましたが私にはそうは思えませんでした。ですからこのギターを奏一氏がどこから貸与されていたのかを書き記す事は控えます。


中野ギター優勢


 奏一/中野コラボギター2号機の奏一氏本人によるファースト・コンタクトに立ち会う事が出来、図らずもトーレスとのAB比較も出来てしまった今回ですが、私の答えははっきりと2号機優位です。それは弾く場所がどこであろうと変わる事はないでしょう。

 天下の名工トーレスより中野ギターの方が良い? そうですが、それが何か? この先きっとコンサートやTV出演時の機会に、みなさんも耳にする事になるでしょうから是非ご自身でどんな楽器なのか確かめてみてください。手直しを終えて更に良くなっているはずです。
 まあ、歴史的名車と現代の競技車両を比べるようなものですから、比較するのもなんですけれど。


100年後の名器


 以前中野氏本人に「100年後には中野ギターって高値で取引されているんじゃないの?」と話したことがありましたが、今回の件によって真実味を帯びてきましたよ。今現在中野ギターをお持ちの方は大切にすることをお勧めします。決して手放す事なかれ。


はばたけ!村治奏一!!


 忘年会は勿論ぐだぐだっとしたものでした。テレビを見ながら「それはないだろ〜」と笑い「あの人伊東美咲なの?」「いや、元TBSの川田亜子だよ」「女子アナなら滝川クリステルだろ〜」と、まあこんな感じで男子が集まるとこうなるという解りやすいパターンに終始したのでした。

 NYの物価高を嘆きながらも、秋葉原では面白い事が流行っているらしいという情報をもたらしてくれた村治奏一。今年はアランフェス協奏曲によるツアーが予定されているそうです。

 はばたけ!村治奏一!!
 クラッシックギター音楽の行方を少なからず担っているんだ君は!!
 決して流される事なかれ!!



 懐かしいですねぇ。もう3年前になりますか・・・川田亜子は亡くなりましたね・・・
 この記事は前編後編に分けて書いた物をまとめてみたのですが、他にも奏一氏の来演の模様や中野氏との実験の様子も色々と書き残しています。興味のある方は1号店のアーカイブへどうぞ ↓


http://blogs.dion.ne.jp/akeyno/archives/cat_269499-1.html


 次回はまた別の方向で。おたのしみに!