雛燕
巣立ったは良いがアスファルトで這いつくばっている雛燕。そんな所に居たんじゃ即ゲームオーバーだ。
「お前か、寄ってたかってバッタやミミズ運んでもらっていた奴は」
「はあ」
まだ生え揃っていない翼をパタ付かせながら雛燕は言った。
「見せてもらおうか、地域で子育てした成果とやらを」
「まだまだ若輩者でして・・・」
燕よりは雀に近い体型のそれは、自信なさげにおどけてみせた。
「取りあえず飛んでみせろ。飛べるんだろ?」
「もちろん飛べますよ。鳥ですからね、一応」
雛燕はほんの少しの助走の後、細かく翼を上下させながら、へなちょこに飛んだ。あれほど必死に羽ばたいている燕を見た事はないし、あれほど低く飛ぶ鳥を見た事もない。
低い。腹を地面に擦りそうなほど低い。少しは浮いているのだろうが、あの高さでは火花を散らしながら走行していた頃のF1マシンにさえ敷かれてしまう。
「どうでした?」
どうしたもこうしたも、あれでは飛んでいるとは言えないだろう。その旨を告げると「今朝巣立ったばかりですから」と開き直った。
「じゃあお前、訊くけどな、今のままじゃ蛇に丸呑みにされるか生活保護受けるかどちらかだぞ。どうするつもりだ?」
「どっちも嫌ですよ」
「一人立ちしたのにその体たらくでどうするんだよ。もう扶養家族じゃないんだからな」
雛燕は不満顔だが野生はそれほど甘くはない。なにより陽が高くなるまでにアスファルトから離れなければ焼け死んでしまう。
「そんなことじゃアスリートへの道は遠いな」
「目指してませんから」
「何だと!? オリンピックは? 次のオリンピック目指せよ」
「嫌ですよ。なんで僕が」
「俺と一緒に世界を目指さねぇか? えぇ、ジョーよぉ」
「誰ですかジョーって?」
雛燕はポカン顔だ。話し甲斐のない奴だ。
「お前はあれだな。就職して3ヶ月で離職するタイプだな。今夜のFMシアターが再放送だったのもお前のせいだろう」
「そんなのオリンピックやってるからに決まってるじゃないですか。もう、ほっといて下さいよ」
そう言って背を向けた雛燕は相変わらず低すぎる軌道で家屋とブロック塀の隙間に消えた。
こいつが今後右肩上がりの人生を送るのか、早々に猫に捕まってモグラと一緒に玄関先に並べられるのかは知らないが、ものすごく低い位置からのスタートである事だけは確かだ。
がんばれ雛燕。投げやりになるなよ。