あ〜さんの音工房

アーカイブはこちら→http://akeyno.seesaa.net/

指じゃない、魂で弾いているのだ

 

 相変わらず雨模様の日々が続いている。少し降ったり、たくさん降ったり・・・。時折顔を覗かせる青空が秋を主張するが、たまにだ。



 昨夜は『パコ・デ・ルシア 灼熱のギタリスト』と言う映画を観て来た。とても感慨深いものがあった。



 会場は『まつもと市民芸術館』。初めて中に入ったが、ホールは2階にあって長い階段が誘う。だが、少々長過ぎやしないだろうか。エスカレーターも備え付けられてはいたけれど。
 上映される小ホールは外観からは想像もできないほど質素で、まるで下北沢の小劇場のように思えたが(天井座敷があった)、この合板の椅子はクッションが控えめで長時間の観劇には不向きだろう。この日は90分ほど座っただけで、尻が痛んだ。周りでも不評の声が上がっていたよ。2時間3時間の演劇には自前のクッションが不可欠だろうと思う。
 今回の上映は『松本CINEMAセレクト』という催しの一環で、毎月10作品ほどを夜に1回だけ上映しているようだ。料金も安いしミニシアター系の興味深い演目が並んでいるので、通えるものなら通いたいくらいだ。ちなみに本作は東京では『Bunkamura ル・シネマ』でロードショーされている。
 開演30分ほど前から着席していたが、開始時刻には熱心なみなさんによって客席は9割方埋まった。毎回こうなら問題なく興行を続けられるだろうが、どうなのだろう。来月の上映スケジュールを見る限り、もの凄く渋い演目が並んでいるのだが・・・。
 

 映画はあり得ないほど雑に爪を研ぐバックステージのパコの姿から始まり演奏が続く構成で、掴みはバッチリ。溢れ出るパコの情熱に観るもの皆釘付けだ。この映画の存在を知らなかったので、パコの息子が撮影したフィルムが使われているらしいくらいの事前情報で観たのだが、実にちゃんとした映画だった。晩年のパコ本人のインタビューを縦軸として、関係者のコメントが生い立ちから順に語られて行くのだが、観た事も無い若かりし頃の演奏や、貴重なプライベートの写真などが差し込まれていて、実に上手い構成だと思えた。演奏ばかりだとライブ作品に及ぶわけもなし、かと言っておじさん達の話ばかりでは息苦しくなるし。良い塩梅に割り振られていたな。
 作品中意外だったのはパコがステージで緊張すると話していたことだ。10代のころ出演したテレビショーでは「緊張のあまり手足が震えていた」そうだし、最晩年のライブ収録後には「今日は良い時と悪い時が混在しているショーだった。演奏を収録していると思うと上がってしまうからだ。それを忘れて弾いている時はいい感じだが、思い出してしまうと途端に駄目になるんだ」と語っていた。実に意外だった。唯我独尊を地で行くように見える天下のパコ・デ・ルシアが、ステージ上で緊張のあまり震えていたとは!
 そしてパコは作品の中で箴言を放っていた。それは「最高の瞬間は天から降って来るのではない。自身の内面からわき上がるのだ」と言うものだ。音楽家や小説家が「まるで天から下りて来たように」などと宣う事があるが、それは違う。創作における最高の瞬間は常に自身の内側から得られるのであって、決して外からもたらされるものではないのだ。例え何かしらの敬虔な信者であったとしてもだ。これは長年に及ぶ私の持論であり、今回のパコの言葉で強力に裏付けられたことになる。ありがたいことだ。今度から「・・・とパコも言ってるしね」とバックアップしてもらうとしよう。


 上映後には、以前パコを松本に招いた元ギタリストの高橋氏のトークショーが行われた。「昔の事は覚えていなくてね・・・」と語り出した高橋氏だったが色々と思い出してくれ、興味深い話を聞く事が出来た。終わりに質問を募ったのだが、そこで挙手し興奮気味に語り出した若者に、場がやや冷えたのだった。それは、要約すると「フラメンコギターを始めたばかりだが、もの凄く感激した。だが、練習すればパコのようになれるだろうか? 弾弦の仕方など基本からかけ離れているように思うが・・・」と言う少しばかり趣旨からは離れたものものだったからだ。が、そこは中高年ばかりの会場だ。生暖かい目で見守ったのだった。
 若者よ、当たり前の事だが、例えパコと同等の技術を身につけたとしてもパコにはなれない。なぜなら君はパコではないからだ。そもそもパコは指で弾いているのではない。魂で弾いているのだ。君はなぜそれを感じられなかったのだ? おじさんは残念に思うぞ。人は誰もが自分自身にしかなれない。人生とは他の何者でもない自分自身になるための旅なのだ(あ〜さん調べ)。
 その後のプレゼント企画で、この若者はじゃんけん大会で勝ち残り、CDを手にしたのだった。若者よ、きっと君は何かを持っているに違いないぞ。研鑽を積んで一端のギタリストとなったその日には、一流ギター製作家・中野潤氏にオーダーするが良い。待っているぞ。



パコ・デ・ルシア 灼熱のギタリスト』は、パコに少しでも興味のあるみなさんには言うに及ばず、広く好楽家のみなさんにおいても是非とも観るべきだとお薦め出来る作品だ。ロードショー期間が終ったので、地方巡業しているのだろうから、今回見逃したのならディスク化を鶴首して待って欲しい。それだけの価値があると断言出来る、心沸き立つ90分だった。