あ〜さんの音工房

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ギターの楽しみ、音楽の喜び

 

 暖かな風が吹いて、ようやくこの辺りにも春がやって来ました。



 冬の間は不要不急の外出は控えがちでしたが、かと言って寒いと家にいても何をするでもなく過ごしていました。ですから今シーズンほど春の到来を待ちかねていたことはありません。先月ひょんな事から手に入れたクラシックギターを堪能したいとの思いが抑えきれなかったのです。楽器との出会いは音楽することの喜びを広げてくれるのではないでしょうか。好きな楽器には使う楽しみがありますし、眺めているだけでも嬉しいものです。


 私が初めて手にしたクラシックギターは、某邦人製作家の手工品で、杉の表面板の物でした。楽器屋に吊り下げられていたそれは、中古で状態も良く価格も手頃だったのですぐに購入しました。その時の私には、エレキギターの演奏経験がありましたし、いずれはクラシックもと音符の読み書きや初歩の楽典なども学んでいましたから、ようやく始められる条件が整ってわくわくしていたと思います。ですが半年もすればある程度弾けるようになるだろうとの希望的観測は大きく外れて、まともに音の出せない日々が続きました。いろいろと試してはみたのですが、爪の形が決まらずに弾弦が上手く出来なかったのです。このギターは1年ほどで手放しました。
 試すと言えば、弦も散々変えてみました。近隣にはクラシックギターの解る店(手工品の話が出来る店)は1件しかなかったのですが、その店で扱っていたありとあらゆる弦を取っ替え引っ替えしたのす。新たに手に入れた1990年製のポール・ジェイコブソンに最適だと辿り着いたのは、1,2弦はオーガスチンの赤。3弦は呉羽のシーガー20号(釣り糸)。低音弦はハナバッハの緑でした。昨年末に以前ホールで演奏した録音を聴く機会がありましたが、演奏中の記憶より大分良好で、美音と呼んで差し支えないほどでした。不十分な弾弦でも良い音してたんです。野良ギタリストこそ良いギターに助けてもらうのが得策だと改めて思いました。このギターは10年ほど弾き倒して、ネックがエリック・クラプトンの愛器『ブラッキー』のようになってしまいました。
 ジェイコブソンを手放した時には、もうクラシックギターは弾くこともないだろうと高を括っていましたが、実際にはまたしても弾きたくなってしまい、物置に仕舞い込んでいたエレガットを引っ張り出すことになり、私にはエレクトリックギターとクラシックギターの両方が必要なのだと思い知ったのでした。そして、そのギターでクラシックのレパートリーを弾く度に、ジェイコブソンを手放した事を心から後悔したのです。みなさんご存知のように私は大雑把で行き当たりばったりな性格ですから、物事を後悔することはまずありません。ですが、この時ばかりは拙かったなと思いました。売るべきではなかったと。
 楽器との出会いは一期一会。その後はリサイクルショップの片隅で埃に塗れていたヤマハの量産品を、試奏することもなく救い出して弾いていました。経済的に手工品を購入する余裕がなかったからです。ヤマハは見た目もかっこよろしいし、丈夫でありがたいギターでしたが、音量が少なく低音弦が鳴らないなど弾き込むにつれて問題も浮き彫りになって来ていました。そろそろ手工品を手にしたいと考えていたところに今回の朗報です。正に渡りに船でした。



 楽器は音楽するための道具であり手段ですが、やはり良い物を愛着を持って長く使い続けることが望ましいのではないでしょうか。なにかと騒がしい時勢ですが、このギターは生涯手放したくない大切な相棒です。



 爺さんになったらこうなっていたいなぁと妄想しつつ、とても無理だよなぁと思いながらも、今日もギターを弾き続ける私です。下手は下手なりに音楽することの喜びが待っていると信じて。