あ〜さんの音工房

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梅雨の午後の奇跡

 

 松本室内合奏団の定期公演に行って来た。ここ数年で最良の演奏会だった。



 いつものように賑わいを見せていたが、50席程度の空席が見られた。なんてもったいないことだ。


 演目はシューマンのピアノ協奏曲とベートーベンの『田園』交響曲だ。『田園』目当てで出向いたが、協奏曲から素晴らしかった。この曲の印象は「渋くてちょっとね」だったのだが、どうしてどうして良曲にしか聴こえなかった。改めてこの曲を捉え直す必要を迫るほどの良い演奏だった。独奏は渡辺かおる。余裕綽々で暗譜で弾き切っていた。終演後は「ブラヴォーおじさん」が登場。皆同じ気持ちだったので、叫んでくれてありがたいくらいだった。万来の拍手に応えて小品が弾かれたが、不勉強で曲名は不明。楽想からすると『子供の情景』からの1曲だったのか・・・。同行したクラシックを聴かない知人も「良かった」を連呼。


 驚きは『田園』の冒頭から起きた。テンポ指定は「速過ぎないように」だが、たっぷりと、実にたっぷりと「歌った」のだ。びっくり。昨今は颯爽とした演奏がトレンドなのかと思っていたので度肝を抜かれた。第1楽章が終った時点で拍手したいくらい良かった。会場全体が期待に溢れているのが感じられた。これは素晴らしい体験になるのではないのかと。
 第2楽章が過ぎると、調子の良いときのウィーンフィルを聴いているのかと錯覚するほどだった。横島勝人の指揮は、大きな動きでオケを鼓舞し、腕をくるくる回していた。まるでサバリッシュのようだった。見た目はフルトヴェングラーだったけれど。
 3楽章以降もテンポはゆっくり目で、とにかく「歌」に重点が置かれた演奏が繰り広げられ、それは管楽器の上がり切らない音程や裏返る音色など全く寄せ付けない力を保っていた。これほどの交響詩、描写音楽をこの年代にモノにしていた作曲家の凄みを十全に表していた。
 最後の和音がハーモニーホールにこだますると、暫くの間があってから静かに拍手が巻き起こった。繰り返されるカーテンコールに誰もがこの演奏体験をシェア出来た事に満足していることが伺えた。


 このところアナログディスクの再生を楽しんでいたのだが、やはり生演奏には適わない。音色やバランスは実演で聴くのと遜色ないこともあるが(むしろ有り得ない視点での録音が可能な分オーディオでの再生が優れていることもありますが)、ダイナミックレンジだけはいかんともしがたい。ストレスの無いダイナミックレンジだけはどうにもならないのだ。
 

 知人は「とても良かった。楽しかった」そうで何より。私も望外の演奏に満足しきり。素晴らしい午後だった。