あ〜さんの音工房

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再掲載祭り=2014年02月19日分

 

1991年の衝撃 バルエコのスペイン組曲全曲公演

 

 今回紹介するのは『名盤』ではありません。バルエコが1991年の来日時にNHK芸術劇場で放送された、アルベニス スペイン組曲全曲の映像です。

 どう聞いてもギターのオリジナル曲にしか聞こえませんが、原曲ピアノ曲です。全てがバルエコ本人により編曲されていますが、アルベニス存命時から弾かれて来たものとは大いに異なっています。バルエコ版の方がより原曲に忠実で、その演奏も端正で実に「スペイン風」ではないのです。

 当時は賛否両論飛び交いましたが、この来日時の名演により日本でのギターによるスペイン音楽演奏の流れが変わったと言っても良いでしょう。それほどショッキングであった、その記録です。

 スペイン物に限らずバルエコは全ての演奏が即物的です。「楽譜にはそう書いてある」と言わんばかりですが、逆に楽譜に書いてあることは全て正確に演奏しています。この姿勢は当時非常に斬新に迎えられました。なぜなら思い入れを排して正確に楽譜を演奏してのけるギタリストは他にいなかったからです。(セゴビアの呪縛がそれほど強かった)それが出来るだけの技術をもったギタリストがいなかった、とも言えるでしょう。名門EMIに録音を始めてからその評価は不動のものとなり、今日に至ります。

 '91年9月26日の東京文化会館小ホールは、バルエコの登場前から異様な熱気が渦巻いています。この状況でプレッシヤーを感じずに弾ける奏者は一人もいないと思えるほどです。足早に登場したバルエコですが少しナーバスか? 直ぐさま演奏を開始します。

 その繊細な表現がすばらしい。ff方向に限界がある楽器の特性上pp の表現力はギタリストにとっての生命線です。緩急強弱自由自在な弾きっぷりは見事。これこそバルエコが時代の寵児となった所以です。冴え渡る演奏の向こうに見えてくるスペインの風景のなんと瑞々しいことでしょう。これこそ当時新しい時代の幕開けを告げた演奏です。それをNHKが収録していたとは! 私たちの受信料は決して無駄ではありませんでした。

 バルエコによるスペイン組曲全曲は1990年に録音されていて、そちらはより技術的には完璧です。しかし、この'91年来日時の映像を是非ともご覧いただきたい。終演後「ブラボー」が飛び交うこの演奏は、一人のギタリストが少しも他楽器の奏者に劣ることのない感動を伝えることが出来ると強く示しています。

 バルエコフアンはもちろん、知らなかったでは済まされない名演です。