あ〜さんの音工房

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再掲載祭り=2014年02月20日分

狸じじい 

 

 以前から気になっていた「チーズと私」という本を引っ張りだしてみた。安易だが中身を的確に表しているに違いないタイトルのその本は、逆にだからなんだという思いで今まで読むことはなかった。

 

 親父の蔵書にはオーパーツが存在するが、これも謎本のひとつである。そもそも親父がチーズを愛好していた話など聞いたことも無い。私は少なからぬ興味と不信感を抱いて本を開いてみた。

 中は序文とあとがきに挟まれた5章で、チーズにまつわる多数のエッセイ、詩、食べ方指南から成っていた。どうやら専門書でもレシピ本でもなく、ある所が一般公募した文章をまとめた物のようだ。各章はカテゴリ分けされているが「チーズにうたう」という章には俳句と詩が収められていた。俳句と詩・・・嫌な予感がして筆者の名をひとりひとり確かめてみると、なんと双方に親父の名があるではないか。俳句は本名、詩は雅号。おそらく投稿にはひとり一編の制約でもあったのだろう。謀ったな、狸じじいめ。きっと片方には実年齢を、もう片方には私の大体の年を書き込んでチーズ大好き親子の投稿だと偽装したに違いない。そしてこの本は謝礼と共に送られて来て一際の違和感を放って本棚に置かれていたのだ。狸じじいは主催者をたばかって賞金稼ぎをしたのである。

 

 野良文士たちの投稿も気にならないでもないが、矢も楯もたまらず狸じじいのページへ飛んでみた。俳句は9編あったが、どれも冬の季語を含ませていた。手練たものだな、という印象を受けたが驚いたのは詩の方だ。

「恋人」と題されたそれは、古女房が旅行中に恋人とよろしくやっているオヤジの様が描かれていたのだ。女房殿は今頃、上機嫌であろうだと? どのあたりからその発想が出て来たのだ。(説明しよう! 実際の狸じじいとその女房殿はとっくの昔に疎遠になり、この本が発行された'97年当時には別居していたのである)それにチーズに例えてはいるが、これは愛人との情事そのものではないか。(説明しよう! 狸じじいは少ない金子をやりくりして、定年間際まで妾を囲っていたのである)

 著作権は版元に移っているのかもしれないが、遺族が自身のブログに載せる分には大目に見てもらおう。以下に全文を公開する。

 

恋人

女房殿は今頃

湯上がりほんわかにこにこと

いい湯だな」「いい湯だな」と

マイク片手に熟女仲間と上機嫌であろう

なんかないかな なんかないかな

犬も歩けば棒に当たる

猫も小判と鉢合わせ

あ あったあった ありました

冷蔵庫の片隅で

膝をそろえて行儀よく

きちんと待っていた私の恋人

女房殿が友達

ルンルンムードに浮かれているならば

こちらは1人で王様気分

会いたかったとつまんでは

ゆっくりグラスをかたむけながら

「お月さん今晩は」と満月へ手を振る

女房殿に

この恋人の味は分るまい

やっと見つけた口の中で

つつましくやわらかくとろける恋人

それはチーズ

ようやく探し当てた口の中で

ひろがる香りがやさしくとろける恋人

それはチーズ

よい月 よいワイン

そしてよいチーズ

今夜は 最高

 

 今夜は最高て・・・タモリかよ。雪印の6Pチーズさえ冷蔵庫になかったのに。ワインセラーどころかワイングラスさえ見掛けなかったのによく書けたもんだ。ワインに合うけどついつい食べ過ぎちゃうのでヘルスメーターが気になるよね的な雰囲気を醸し出すどころか、チーズをつまみに一杯やれば独り身の夜もまた楽しと、ほのぼのムードまで演出していやがる。CMかよ。いろいろ気に入らないが、筆力があるのが忌々しい。この賞金稼ぎの狸じじいめ。

 私もギター弾いて稼いだことなら少しばかりあるので(現物支給のほうが遥かに多かったが)行って来いだという気がしないでもないが、今はこうして文章を書きはじめた以上、この土俵で狸じじいを撃墜できないものだろうか、と思ってみる。だが私の文章は仲間内で面白がられてはいても世間様からはなんの評価もされてはいないのだから、10代の頃から創作投稿を始め、サトウハチロー氏に賞賛されたこともあるらしい狸じじいに短詩の分野で挑むのは無謀だ。最終的には「川柳とaの会」代表まで上り詰めた?わけだし。とても同じ土俵に上がっているとは言えないだろう。なのでもう少し長い文章で対抗してみようかと思う。老いぼれるまでには間があるだろうから、なんとか一矢報いたいものだ。

 さて、他の野良文士たちのエッセイでも読んでみるとするか。そもそも私は読書の絶対量が不足しているのだ。一番最近の趣味なのだから仕方あるまい。そう言えば「カラマーゾフの兄弟」が放送中だったな。ドストなんちゃらスキーに親殺しの指南でもしてもらおうか。

 今はまだ狸じじいの機影は遠い空の彼方だ。