あ〜さんの音工房

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ヴァイオリン職人が推理する話

 

 昨年末ジェフリー・ディーヴァーの長編『ウオッチメイカー』を読み終えて、引き続き短編集『クリスマス・プレゼント』も読了したが、モヤモヤしている。どちらも読み通すことは出来たが夢中にはなれなかった。枯れ木を見ているように思えたからだ。長い割には仕掛けと構造そのものを見せられているようで、肉付きに欠けるように思えた。登場人物たちに魅力がないわけではないのだが、どうも味気ないのだ。文章そのものの魅力に欠ける気がしてならない。これは翻訳の問題ではないと思う。

 昨年は古典と呼ばれるものもいくつか読んでみたが、推理小説とはどれもこんな感じなのだろうかと思い、用意しておいたハヤカワ・ミステリ『ラスト・チャイルド』に触手が動かずにいると、『ヴァイオリン職人の探求と推理』という何やら専門書的な邦題がつけられた1冊があることに気付いた。そうだこれがあった。友人を殺されたヴァイオリン職人のおじいさんが謎に挑む話だ。早速『起』の部分を読んでみたが、早くも面白いかとても面白いかのどちらかだ。なにしろ文章に読み応えがある。これだよ、私が求めていたのは。少し引用してみよう。

 

 もう暗くなりかけていた。木々の花も花壇の花もすべての色を失っていた。それは夜の中ではただの形、ただの質感だった。

 

 ある晩主人公ジャンニの工房で月に1度の四重奏の集まりがあった。同じヴァイオリン職人のトマソ、ヴィオラを弾くアリーギ神父、そしてクレモナ警察の刑事にしてチェロ奏者のグァスタフェステ。いつものように演奏を楽しんだ4人だったが、その後トマソが戻らないと連絡が入る。親友であるジャンニと刑事のグァスタフェステはトマソを探して彼の工房に寄るが、そこにはすでに帰らぬ人となったトマソの姿が・・・。動機不明、目撃者なし。室内が物色されていたので犯人は何かを奪おうとしたことだけは確かだ。するとトマソの妻クラーラから思いもかけない一言が。「彼は『メシアの姉妹』を探していたわ」。

 ストラディヴァリ作の名器『メシアの姉妹』を巡り物語は大きく動き出す。クレモナ派のヴァイオリンに明るくディーラーにも詳しいジャンニは捜査協力を申し出る。「役に立てるならなんでもするよ」。

 

 英国のポール・アダムが書いたこの本の原題は『THE RAINALDI QUARTET』。ライナルディとは殺害されたトマソのファミリーネームだ。なぜ主人公ジャンニのファミリーネームを冠した『カスティリョーネ四重奏団』ではないのか? ここに含みはあるのか? そして物語は過去に飛び、アントニオ・ストラディバリどころかデル・ジェス・グァルネリまでもが登場するらしい。一体どんな人物として描かれているのだろう。偉人の例に漏れずこの2人の生涯は謎が多い。特にデル・ジェスは。なので妄想し放題なのだが作者はどう捌いたのか。先が読みたくて仕方がない。今夜も『ジェット・ストリーム』をBGMに探求と推理の旅に出るとしよう。こんな推理小説を待っていたよ。楽しみだ。

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