トーンとボリュームにコンデンサ付けた話
しばらく前に再生したレス・ポールだが、廃品を利用した配線がグダグダだったので、別のから移植した。
これも再利用だが、だいぶ増しになった。
せっかくだからこの機会に、トーンカット(現状)、トーン有効(0.01μFのコンデンサを取付)、ボリュームにハイパスコンデンサを追加(0.001μF)の三様の音色と使用感を試してみたい。
一般的にハムバッカーには0.022μFの容量を使うが、高い周波数が落ち過ぎて曇った音色になってしまうので、使い物にならないことがほとんどだ(個人の感想です)。そもそもギターのトーンはハイカットする装置なので、ハイ落ちのネックピックアップにはトーンを付ける意味がない(個人の感想です)。手持ちのオールドレプリカのレス・ポールなど、コンデンサがオイルなことも手伝ってなのか?トーンを絞りようもない有様だ(ものすごく曇った平坦な音色になってしまう)。
コンデンサは高い周波数を通すものだが、ギターのトーンはその通した高域をアースに落として音色を変える装置だ。誰が何を基準に数値を決めたのかは知らないが、効きを少なくしたら使えるように(自分の好みに)なりはしないだろうか。それを試したい。
コンデンサの容量は0.01μFの35Vを用意した。「え、35Vで大丈夫なの?」ピックアップは1Vも発電しないでしょ。
エレギの業界は不思議なもので、性能が不安定なオイルコンデンサが重宝されているが、高音質を追求するオーディオ業界では電解コンデンサか、より高性能なフィルムコンデンサーを多用するのが普通だ。だがしかし、高スペック=良い音にならないのが趣味の世界。なので低性能なオイルコンデンサでも(誤差が20-30%もある)好みの音色になれば良いワケだ。真空管を使うのも同じ理由だ。奥深いね(沼ってるとも言う)。オイルコンデンサを使っているほとんどの人は「みんながそう言ってるから」使っているだけなんだよね。散々ネットで検索してるのだろうが、自分で実験した人は1/100もいないんだ。ウチのオールドレプリカのオイルコンデンサは話にならないので、用意したのはフィルムコンデンサだ。
「トーンはフルアップにしていても、高域はほんのりとアースに落ちているので、必ずコンデンサの影響は出る」らしい。実際どうか? 確かにコンデンサを付けたら、少しばかり柔らかくなった気はする。が、気のせいの範囲かな。プラシーボ効果の可能性が捨て切れないほど微妙な変化だ。
音色の変化はおおよそ狙い通り。高い周波数が広い範囲で極端にカットされないので、絞り切っても使える音色を保てるようになった。絞っている間もこまめに調節出来るので(効きが弱くいきなり高域がカットされないので)、ブリッジ側はドンピシャ。ネック側も良い塩梅で、もともとが明るい音色のピックアップなので、絞り切ってもクリーン時は低い音程でも丸過ぎないし、オーバードライブさせても充分使える。凄く良いんですけど。もっと早くに試せば良かった。
これまでトーンコントロールを使って来なかったのは、高い周波数を電気的になくすと倍音もなくなるので、つまらない音色になってしまうからではなかったのか? 平坦な音を嫌って使わなくなったのではないかな。
「丸くくすんだ音色になってしまうので、トーンは使いたくても使えない」のなら、コンデンサの数値の変更をお薦め。ハムバッカーなら今回の0.01μFを是非試してみて欲しい。価格はひとつ数円から1万円オーバーまであるが、問題は容量なので、安定した性能で安価に手に入るもので十分だ。高価で希少なオイルコンデンサが、あなたの好みの音色とは限らないし、そもそもコンデンサの種類でそこまで音色は変わらない。重要なのは容量の数値だ。数値が違えばコンデンサに周波数の通る範囲が変わるので、操作した際の音色は大きく変わる。これまで 0.022,0.033,0.047 の数値をハムバッカーに試した事があったが、どれも高い周波数が削られる範囲が広すぎて使い物にならなかった(個人の感想です)。今回の件を踏まえると、ブリッジ側は0.01μFで決まりとして、ネック側はもうひと回り少ない容量の方が適している(個人的に好みな)可能性が捨て切れない。そしてオールドやヴィンテージと称される古いコンデンサは、見た事もないので、機会があれば試してみたい。果たして別の結果が出る可能性があるのか?
ボリュームにコンデンサを取り付けるのは、トーンとは反対に高い周波数を通して出力することによって、絞った時にくっきりした音色が期待出来るかららしい。これも試した事がないので、やってみよう。
ボリュームのハイパス用コンデンサは0.001μF50V を用意した。効果は明らかにある。ただこれは一長一短かなと思った。
確かに音量を落としても高音域は張りを失わないが、相対的に低音域は存在感が薄れて行くので、和音を弾いた時などはバランスを欠く印象だ(低音の支えが希薄になり、ハイバランス)。もう少し容量を増やして、低い周波数までパスさせた方が良いのかもしれない。ただ、オーバードライブから絞ってクランチでカッティングするなら、低音弦が邪魔にならずに都合が良いこともありそうだ。使い方によるだろう。これはカット&トライして、最適値を見つければ有効なモデファイになると思う。現状は微妙なところだが、しばらくこのままで様子を見よう。
今回弄った「とんでもなく重くて希少な」(ウェイトリリーフした穴だらけの近年ものに比べて男らしいとも言う)レス・ポールのピックアップは、2015年製ギブソン57クラシックと57クラシック+。そもそもこのピックアップの音色を気に入っていて、変に高域を減らしたくはなかったので、トーンは使っていなかったのだが、これからは積極的に使えそうだ。
コントロールノブも交換して気分一新。
これからは「とんでもなく重い」このレス・ポールがメインギターになってくれるだろう。ギター本体は1999年製だが、今回ばっちりリニューアルしたんで、まだ終らんよ(配線の細さが気がかりですが)。ボリュームやトーンをコントロールしてギター本体で音色を作る楽しみが増えたしね。自分で手をかけることで愛着も湧いたし、むしろこれからだ。
やっぱ、エレギはレス・ポールよね。
ピックアップ比較動画5つめ
エレギの音はピックアップの音だろって話
ディマジオのDP186 をネック側に、DP187 をブリッジ側に配するのは、アンディ・ティモンズのシグネイチャーモデルに倣った定石の組み合わせ。
ブリッジ用に開発されたDP187 をあえてネック側で鳴らしてみたのがこちら。
DP181はリアハムのネック、ミドルにも向いていそう。
同じギターで、同じ人が、同じように弾いているのに音色がこれだけ変わるのだから、エレキギターの音はピックアップとその搭載位置で決まると考えざるを得ない。いくら雑誌で木材の蘊蓄が特集されていようとだ(未読ですが)。ボデーやネックの材質が何であろうが、ピックアップの交換で如何様にもなるのです。これらの動画を視聴すれば、生音は出音に(ほぼ)反映しないことが解るでしょう。興味のある方はご自身の耳でご確認下さい。
久しぶりにプロの演奏を堪能した話
爽やかな晴天の空の下『鈴木大介&古部賢一デュオ・リサイタル』足を運んで来ました。
ここ最近とあるロック系ギタリストを意識的に聴いていた。その人はトッププロだが練習熱心で有名であり、性格も穏やかでスポンサーも多数付いている。その正確無比の演奏にはファンも多く、実際非の打ち所がないのだが、今ひとつ熱狂出来ないでいた。
今日の聴いたリサイタルは、オーボエとギターそれぞれの第一人者のデュオだったのだが、11曲中6曲が映画音楽またはポピュラーソングだった。だがそれらは決して肌触りが良いばかりではなく、そこかしこにプロフェッショナルの印を湛えた演奏だったのでした。
ギターの鈴木氏は積極的にアンサンブルしているだけあって、もの凄く伴奏が上手い。編曲もとても良く出来ていて、これならピアノじゃなくとも良いのではと思える程だった。それは高い技巧を要するものだったのだが、音楽ありきだったように思う。ここが某ロック系ギタリストとの違いに思えてならない。これはクラシックの演奏家にも当てはまることで、具体的に言うならばデビュー当時のサラ・チャンの演奏が思い出される。有り余る技術で正確無比に演奏しているが、何の感慨も得られることはかったのだ(デビュー直後の録音を聴いた個人の感想です)。
今日聴いたデュオはあらゆる意味でプロフェッショナルだった。2つの楽器の為のオリジナル曲はなく、半分以上の演目がポピュラーソングであっても、職業演奏家の凄みを感じ取れる心震わされる演奏であったのだから。
アマチュアは難曲を弾き切っても「だからどうした」と思われることが多くあるが、やはりそれは技術以外の「何か」が不足しているからだと思う。今日の2人の演奏にはその「何か」があったのだ。真の演奏家にはポロンと和音を弾いただけでも、ドレミと単音を鳴らしただけでも「何か」を伝える能力があるのだろう。
座席を一つ置きにして集客を半減させての公演だったが、万来の拍手に包まれた良い時間を過ごせた。再びの平穏を願いつつ、演奏家のみなさんには最大限のエールを送りたい。我々好楽家はあなたたちがいなければ、生きている意味が半減してしまうのだと。
次のイベントはいつになることやら。今から楽しみにしておこう。
嘘から出た真の美学 大林宣彦監督作品の残照
どうも。こんなことになる前に旅して来た者です。当然尾道にも寄っています。
新旧三部作から『転校生』『時をかける少女』『ふたり』『あした』に焦点を当ててロケ地巡りをしました。所謂「聖地巡礼」も尾道を訪れるのも初めてでしたが、心を震わす体験が出来ました。動画にまとめたのでご覧下さい。
便宜的に番号を振っていますが、だぶっている場所もあるので、都合30カ所ほどのロケ地を巡れました。今回の音楽は、所縁の曲を編曲してギターで弾いています。ピアノは弾けないもので。4作を振り返ってみましょう。
『転校生』1982年公開
この作品は、脚本・演技・演出が三位一体となって生まれた名作と言うことが出来るでしょう。主演した2人は文句なく素晴らしいですし、心と体が入れ替わってから「あるあるエピソード」を紡いで行く脚本も、おかしくも追いつめられて行く2人の心情を途切れさせる事がありません。この右肩上がりの緊張感が成功の大きな要因でしょう。
生まれ故郷をロケ地に選んだ監督の演出は、尾道を映した先達に大いに敬意を払い繊細です。時代の雰囲気を表しつつも「自分自身の尾道」を織り込んで行きました。それは「恥部」を公にしたと非難されることになりますが、完成直後に冷淡だった地元関係各位には、その後「ロケ地巡り」と称して押し寄せる観光客がもたらす恩恵は、予想出来なかったのでした。次作の撮影時には手のひらを返していたそうです。
ロケ地を観光地化した、テレビ局が出資した、など振り返れば邦画として非常に重要な作品となった『転校生』。当然大林宣彦の映画監督としての地位も確立される事となりました。
残念な点は音楽です。オリジナルの劇伴を創る予算が採れなかったため、既成のクラシックを使っているのです。積極的に使ったわけではないので、スコセッシ監督のように「歌ありき」で画をシンクロさせている訳ではありませんし(それに近い試みは『青春デンデケデケデケ』でされていますが)、使用曲も付けどころも悪くはないのですが、「測ったようにぴったり」とは言えないでしょう。この作品に限らず改めて思います。大林作品は「画」の力が強すぎるからか、音楽が印象に残る作品の数は限られているのではないでしょうか。最も音楽が効果を発揮しているのは『時をかける少女』かもしれません。
『時をかける少女』1983年公開
プロローグとエピローグが素晴らしい効果をもたらしている作品です。伏線と時代の空気感を表したプロローグが終ると、印象的な弦楽の演奏とともに当時からしても古い街並が映し出され、この地に登場人物たちが暮らしているリアリティが描き出されます。尾道のようで尾道でない。現代のようで現代でない。ギャル化が始まっていた80年代初頭に、主人公のように姿勢良く美しい日本語を話す女子高生は、地方ですら絶滅していました。況しては登場人物たちの昔気質の立ち振る舞いは、当時すでに過去の物となっていたのです。ですから荒唐無稽なファンタジーを展開するには、登場人物たちが確かに存在するのだというリアリティ・現実感は必要なことでした。
そして、この場所も時代もあやふやな世界は、普遍性を得る事に繋がったのです。この作品をいつどこで誰が観ても、自分の事と思えるような。
映画の為に与えられた再会のシーンは、切なくも儚く、ジュブナイルを締めくくるのに最高のエピローグとなりました。それに続く「ミュージックビデオ」を決定打として主演した原田知世はこの一作でスターになりました。それによってロケ地巡りも本格化し、地元のキャパシティを越えてしまう事になり、様々な問題が起きたのでした。
この作品の残照を求めるのならば、竹原市に足を運ぶことは必須です。芳山家から堀川醤油醸造所までの道程が、西方寺から醸造所まで残されていますし、通学路にして「瓦落ち」のエピソードが展開される胡堂もこの周辺が「たけはら町並保存地区」に指定されているので健在です。それどころか撮影時にはあった電柱が、地下に移設されていました。
尾道のロケ地は艮神社は安泰として、タイル小路は風前の灯でした。しかし大林監督直筆の「お願いの書」を目に出来たのは望外の喜びで、それはまるで歴史上の人物の書簡を観るような感覚に陥りました。ありがたいので拝んでおきました。
『ふたり』1991年公開
主人公が不幸に見舞われ続ける作品です。姉が亡くなる。母親は精神を病む。父親は浮気。自身はいじめられている。この時点で四重苦ですが、さらに親友のお父さんが亡くなる。友人は自殺未遂するなど、主人公は中学から高校にかけて散々な目に遭い続けます。そして物語は大団円を見ることなく終るので、決して後味の良い物ではありません。
今回最もロケ地が残されていたのが『ふたり』でした。この作品を目当てに尾道へ足を運ぶのならば、間違いなく大きな満足が得られるでしょう。特に印象的な電柱や事故現場は無くなり様がないので、浄土寺や向島大橋とともに今後も安泰と思われます。
『あした』1995年公開
個人的には「大林宣彦監督作品ベスト10」の上位に位置する作品です。群像劇ですが主演は植木等だと考えて観ています。死んだはずの人が幾人も出て来るのに、怪談にもホラーにもなってはいません。それどころか人っていいな、生きるっていいな、と思える作品です。
生と死を描いているのは『ふたり』と同様ですが、ファンタジーの要素は少なく、より直接的で、素晴らしく映画的であり、原作から変更されたタイトル『あした』がよくよく頷ける作品です。一晩の出来事が夜明けに終わり、集った誰もが希望を持って「あした」に踏み出して行くのです。
架空の浜辺「呼子浜」は私有地で、実船を使った「呼子丸」は廃船となり、主な舞台となった連絡船待合所が形を変えて現存するのみなので、ロケ地巡りとしては寂しい結果となりました。それでも待合所はバスの待合室として活用されているので、今後もあり続けてくれそうです。今では由来を知らずに利用する人も多いのでしょうね。
尾道は不思議な町でした。端的に言って、線路を挟んで海側は開発され、山側は取り残されているのですが、双方が観光の為にそうしていると思えたからです。
海側は駅と市役所を中心として開発が今も進んでいます。整備された海辺で楽しんでもらう為の「おもてなし」です。
山側の斜面地は駅から尾道大橋の手前、浄土寺くらいまでが、観光客の期待する「尾道」として残されていますが、かなり強引な部分も見られました。これも観光客の期待を裏切らない為の「おもてなし」だと思われます。
『東京物語』に映し込まれていたように、かつては海側も線路に至るまで瓦屋根の家並みがありました。山側の斜面地も、いずれは残すものと残さないものの選択を迫られるのでしょう。だからこそ映画という意志を持って残される時代の風景は、宝物になるのではないでしょうか。
この地に出会えた高揚感と、念願が叶ったことによる充実感で満たされた旅でした。また一つ心残りが減りました。
「映画作家」大林宣彦監督に感謝するとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。
悲劇の地 ~原城跡~
あまりの風光明媚さにびっくり。
その史実がなかったら、展望公園になっていたことでしょう。実際に海辺には遊歩道が整備されていましたし。
遊歩道の東屋でお昼にしましたが、静かだし癒されるし・・・凄惨極まる争いがあった地とはとても思えませんでした。繰り返したくはない歴史です。