あ〜さんの音工房

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再掲載祭り=2011年03月05日分

 基本的に音楽愛好家なので、そっち方面の記事も書いて来ました。敬愛する稲垣稔氏のディスク紹介をどうぞ。

 

 

 SONGS/稲垣稔

 

雑誌の付録DVDにマイケル・シェンカーが降臨し

ツアーの為に用意されたと言うギターに

初めて触れる様子が収められていた。

ほんの僅かな時間ではあったが興味深い物だった。

 

   *

 

私が初めてプロギタリストが試奏する様を目にしたのは

稲垣稔氏による物だ。

中野潤氏渾身のトーレス・レオナモデルを手にした稲垣氏は

いくつかの和音を響かせた後

その音色と素晴らしい細工を褒めた。

 

コンクールに参加する様な学生に持たせると

ここぞとばかりに有りっ丈のレパートリーを弾きたがるが

プロギタリストは当然ながらそんなことはしなかった。

あの僅かな音出しだけで全てを見切ったのだろう。

私はその含蓄と静かな物腰から放たれるオーラに圧倒された。

 

名前だけは当然知ってはいたが

随分長い間演奏を耳にする機会を持てずにいた稲垣氏を

初めて聞いたのはラジオだった。

NHK名曲リサイタルに氏が登場すると聞いて

とても楽しみにラジオの前に座った。

 

私の耳に届いた演奏は驚くべき物だった。

即座に稲垣氏は只の演奏家ではなく音楽家なのだという事が判った。

聴こえて来たのはギターという楽器から紡ぎ出される芸術そのものだったのだ。

ギタリストの演奏を聴いてこれほど震撼したのは2度しかない。

1度目はデヴィッド・ラッセルの演奏に初めて接した時。

2度目が稲垣稔氏を初めて聴いたこの時だ。

 

この放送を録音していた私は

中野工房に飛び、持参したMDプレイヤーをセットして

ギター製作家中野潤氏に聴かせた。

そして、初めて聴いた稲垣氏がどれほど素晴らしかったかを熱弁した。

 

「そうか、なら会わせてやろう」

 

なんと近々稲垣氏が来訪するというじゃないか!

何と言う偶然!

中野氏に後光が射して見えた事は言うまでもないだろう。

 

   *

 

このアルバムは小品集だが

そこいらの「ギター名曲集」とは当然ながら比較にならない。

稲垣氏本人が序文を書いているので全文を紹介しよう。

 

アルバムによせて

前回のソロ・アルバムから10年の歳月を経て、新しいアルバムをリリースする運びとなりました。今回は世界の有名な民謡や、ギターの為に書かれた親しみやすい''歌''を中心に集めてみました。ギターは''歌''を奏でる楽器です。最近のギター界では複雑なリズムとハーモニーを数多く取り入れた作品が主流となっていますが、私はこのアルバムを通して、敢えて「ギターを歌わせる」ということにこだわりを持ってみました。この''素朴なメロディーの作品集''を聴くことが、騒音と多くのストレスを抱えた目まぐるしい現代社会の中で、皆様の一服の清涼剤となりましたら幸いです。

稲垣稔

 

氏の想いは十二分に聴いた人々の胸に届いているに違いない。

それどころかこのアルバムは

ギターで音楽する事とは何なのか、

演奏するとは何なのかに対する答えであり

歌によって始まった音楽の起源にまで

考えを及ぼすきっかけにすらなるだろう。

 

稲垣稔がメロディーを紡ぐ、という企画がされた時点で

名盤になる事が運命付けられていたアルバム『ソングス』

一人でも多くの心の襞を揺らす事を願わずにはいられない

素晴らしいアルバムだ。

 

 

 何度聴いてもまた手が伸びてします。合わせて稲垣氏の演奏会レビューもどうぞ。

 

 

 But,We Want More!!

 

「おっ、来てたのかい?」

 

扉を開けると中野Jr.が所在無さげに佇んでいた。

久しぶりに会ったけれど、ちっとも背が伸びてない。

ちゃんと食べてるんだろうか?

まさかダイエットしてるんじゃあるまいな。

虐待されてないか後で調べてみるか・・・

 

「よお、こっちこっち」

 

ああ、どうも中野さん、お久しぶり。

キップもぎですか?

 

「羽振り良さげじゃん」

 

そんな事ありませんよ、カツカツですよ。

そちらこそ美人受付嬢雇うなんて豪気なこってすね。

駐車場に若いの2人置いて案内させてるし。

 

「ウチの主催じゃないんだよ」

 

主催はディヴェルメント?

伊藤先生のとこですか。

あの2人はお弟子さんか、なるほど。

通りで私のとこにCD販売員の話がこなかった訳だ。

おかげで今夜はゆっくりと稲垣氏の演奏を堪能出来る。

ありがたい事だ。

 

   *

 

ウチから最も近いホールに

私の最も敬愛するギタリストが来訪するのに

出向かない理由が何一つ無いので行って来た。

第1部は重奏で、後半には中野潤作の19世紀ギターが使用されるそうだし

第2部は本日のメイン稲垣氏の独奏だ。

名盤「SONGS」からも演奏されるぞ。

わくわくワクワク。

しかし重奏て、どのくらい合わせる時間あったんだろうか?

 

「さっきやってたよ。初めの2曲は危ういね」

 

そおなんだぁ。

そう言えば解散した覚えの無いデュオの相方の姿が見えないな。

 

「成川さんは?」

 

「来たがってたんだけど・・・」

 

嘘でしょお。

経済的な理由で欠席って。

 

相場が荒れてるらしいよ」

 

嘘でしょお、だいじょぶだろうか・・・

 

   *

 

この個人経営のホールには何度か足を運んだ事があるが

とても質素で手作り感満載だ。

舞台の大きさはウインドアンサンブルが上がれるくらいはあるが

全体のサイズが大きくはないので管には向かないと思う。

小編成の弦楽に丁度いい感じだ。

ピアノ伴奏の独唱にも合うんじゃないのかな。

 

本日の観客は60名ほど。

上手の後方に座った。

 

ギター関係の演奏会の常だが

そこら中で挨拶が交わされている。

北からも南からも来ているようだが

皆知り合いなんだよ。

マイノリティが集まって来たんだから当然か。

その分とても熱心な人達ばかりだ。

 

  *

 

「どうだった?」

 

1部が終わると、すぐ後ろにJr.と一緒にいた中野氏が声をかけて来た。

 

「あれ、そこじゃ全然見えなかったんじゃないの中野Jr.?」

 

「う~ん・・・・・」

 

「センターの通路に椅子出して座れば良いよ。よく見えるよ」

 

こういう時こそ関係者パワーを使って優遇してやるべきだろ。

せっかく来たのに見えないって・・・

 

「2階で見るか?付き添ってやってくれよ」

 

おお、上からなら丸見えに違いない。

おいしい話だ、早速行ってみよう。

 

「靴脱いでね」

3人で狭い階段を上って行くと

録音の為のマイクや照明の置いてあるスペースに出た。

いいぞ、丸見えの丸聞こえだ。

なんてありがたいんだ。

全てお父さんのおかげだぞ。

 

ところで、未来のスーパーギタリスト目指して練習してるのかな?

 

「してます」

 

楽器はお父さんが買ってきちゃった「◯◯ギター」なの?

 

「いま新しいの作ってます」

 

ですよね~

 

「中学生になったんだから自分で作ってみろって」

 

スケールは?

 

「630ミリにすると思います」

 

なるほど。

も少し大きくなったら640、650と作らせて

なし崩しにギターメーカーにするつもりだな(たぶんね)

 

おっ、稲垣氏が颯爽と登場!

わくわく、わくわく。

 

「邦人No.1ギタリストなんですよね?」

 

そうだよ、よく知ってんね。

まずはピアソラのナンバーからだ。

 

稲垣氏の実演に接したのは今回が2度目。

前回はホールではなく特殊な条件の機会だったので

実質的には初めてに近い。

 

曲全体のフォーム、緩急自在な解釈、嬉々として歌うギター・・・

当然ながら素晴らしい。

稲垣氏の手に掛かればこの程度の小品お茶の子さいさいだ。

かと言ってもちろん雑に演奏されている訳では無い。

どの曲も完全に手中に収められた演奏だ。

使用楽器はフレタだが杉の良さが十全に発揮されている。

なんて美しい音色なんだ!

 

3つの民謡が終わるまで体揺れっぱなし。

自分で演奏していてもそうなんだけど

気分良くなると体が揺れてしまうんだ。

あんまり揺れてると後ろの人に迷惑だから1部では押さえていたけど

誰もいない状況なので気分良く揺れといた。

 

稲垣氏の独奏後ホールのオーナーが撮影のため上って来た。

 

バイオリンなんか良いですよ、音が降り注ぐ感じで」

 

確かにこのホールの音響は見た目に反して悪くない。

 

「ギターにも向いていますね」私はそう応えた。

 

「うんうん、大きなとこよりもね・・・」

 

同感だ。

ギターの演奏会で協奏曲以外でマイク使うのは頂けない。

そんなのホールが広過ぎるかギターがボロかのどちらかだ。

 

実際に今回使用された(とても小振りな)19世紀ギターでさえ

音量が小さいなんて事はなかった。

修理はあるがオリジナルのニスがたっぷりと残った

本物の19世紀ギターを弾かせてもらった時も

見た目と反比例する音量に驚いたものだ。

 

クラシックギターは音量の小さな楽器ではない。

集合住宅で弾くとクレームが来る程の音量は十分あるのだ。

他の楽器と比べれば相対的に小さいとは言えるけれど。

今回のように適切なホールで一流の演奏家が弾けば

表現力豊かな魅力溢れる楽器だと実感出来るだろう。

 

   *

 

終演は21時を回っていた。

 

「お腹空いたんじゃないのかい?」

 

食べ盛りの少年が昼から飲まず食わずじゃ軽い虐待だ。

 

バイキングに行くみたいです」

 

そうか、おじさんは帰るからお父さんによろしくね。

 

「たくさん食べて、がぶがぶビールを飲むと良いよ」今日は暑いからさ(てへへ)

 

さて、若者に適切な助言もしたことだし帰るとするか。

気分良く夜風に当たりながらね。

 

   *

 

クラシックギターは素晴らしい楽器だよ。

みなさんも機会があったなら是非足を運んでみて欲しい。

演奏者が稲垣稔氏なら間違い無しだ。

 

しかし、正直言って今回の演奏ではお腹一杯にはならなかったよ。

稲垣氏のターン短過ぎ!

何の制約なく組んだ演目のリサイタルを熱望する!

これは決して私だけの「もっと」ではなく

今回稲垣氏の演奏に接した全ての人々の「もっと」であるに違いない。

 

 

 もう1人の一押しギタリスト、村治奏一氏の記事は次回ご覧に入れましょう。おたのしみに!