あ〜さんの音工房

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再掲載祭り=2014年02月15日分

百聞は一見にしかず 

 

火曜から来客でバタバタとしていた。していても構わないが椅子を占拠されて参った。コンピューターに向かう椅子だ。なので暫く更新が滞ってしまった。書くべき事はあったのに。

 

 その車はカーブミラーに映った。なので私は登るのを止め待避スペースの手前で待っていた。狭い道だ。そうしなければすれ違い出来ないのだ。

 白い軽トラが出て来たが、何故だか左のU字溝に落ちたようだ。しばらくモゾモゾとすると今度は右側の石垣にぶつかって停まった。「何をしているんだ」呟いたその時、運転手が暴れだした。咄嗟には何が起きているのか理解出来なかった。「痙攣だ」私たちは車を降りて駆け寄った。知り合いの老人が発作を起こしていたが、その様は驚くべきものだった。

 腕を直角に折り曲げ胸を叩くかのように前後に激しく振っている。白目を剥き、口からは泡。うめき声を上げ意識はなかった。

「血糖値が下がっているの。糖分、糖分」私の同乗者がこの老人の病を知っていた。車内にあった炭酸飲料を飲ませようとするが上手く行かない。

看護師さん呼ぼうか?」

「お願いします」

 私は近くの施設にいるはずの看護師に電話した。

「早く、早く」

 具合は改善しないようだ。一刻を争う、のか?

 ものの5分もせずに看護師は来た。私が状況を説明すると「何分経ってるの?」痙攣を始めてから1分以内には電話をしている。「だったら大丈夫」看護師は老人の名を呼びながら半ば強引に横にすると、口から炭酸飲料をバシャバシャと押し込んだ。とにかく体内に入れば何とかなる、そう言う事の様だ。

 

 私はこの老人を知ってはいたが病の事は知らなかった。なので私独りだったとしたら何も出来なかっただろう。私だけではない。第一発見者が老人の持病を知らず、近くに看護師がいることも知らなければやはり何も出来なかっただろう。そして誰も通りかからずに長時間放置されていたとしたら「死んでたかもね」

 映画やテレビで描かれているのを観た事はあった。意識朦朧の人物が震える手でチョコレートを探り当ててかじり付いたり、腕や足に注射針を突き立てたりするのを。

 しかし目の当たりにした現実は全く違った。発症後から一部始終を目撃したわけだが、朦朧とした時点で本人に成す術はなく、痙攣とともに意識は無くなっている。個人差あるにしてもあれではポケットをまさぐっている暇はないだろう。

 しかし恐ろしかった。激しく痙攣しながら白目を剥いて泡を吹いている人を初めて見た。まるでなにかに憑かれているかのようだった。トラウマになりそうだ。

 それにしても予防する手立てはなかったのだろうか?「こまめに甘い物を食べるしか」ないらしい。だったら何故老人はそうしなかったのか? 運転中の発作だ。そのまま事故死してもおかしくない状況だった。更には対向車や歩行者を巻き添えにする可能性もあったのだ。考えるほどに恐ろしいことだ。

 

 懸命の介抱により意識を取り戻した老人は駆けつけた家人に引き取られて行った。数時間後には自ら電話をかけて謝意を述べ、翌日にはせんべい2缶持って来たそうだ。私にせんべい1枚届いていないのは構わないが、少なくとも運転前には糖分摂れよ。あんたの守る命は私の命かも知れないんだからな。

 

「健康が一番だね」

 車から降り際に同乗者が言った。まったく、その通りだ。